SSブログ

バンガロールの概要 [バンガロール]

バンガロールの名が歴史に登場するのは西暦900年ごろだが、当時は住民がほとんどいない状態だった。都市としての記録が見られるのは1537年、ヴィジャヤナガル王国の配下の領主、ケンペ・ガウダ1世(Kempe Gowda I)が泥で市城を築き都市を設計し、ヴィジャヤナガル王国の地方都市として計画都市と化した以来のことである。後にマイソール王国の一部となり、後には首都として繁栄した。
イギリスによるインド帝国建国後、バンガロールは南インドの植民地支配の中心地となった。支配のための新市街、バンガロール・カントンメント(兵営)が設置されると、タミル人、テルグ人、その他北インドの労働者がカントンメントやその都市基盤の建設のために他地方から流入した。
バンガロールの気候は、高原にあるためインドの他都市と比較すると穏やかで涼しく、「インドのガーデン・シティ(庭園都市)」と呼ばれ、他地方の人々から見て大きな魅力になっている。1947年にインドが独立したあと、バンガロールは国営の重工業、航空産業、宇宙産業、防衛産業の工場群が置かれた。さらに、インド経済自由化後のバンガロールにおけるハイテク産業の確立と成功は、インドの情報通信産業(IT産業)を成長させる原動力になった。バンガロールは「インドのシリコンバレー」と呼ばれるまでになり、インドの2004年のソフトウェア輸出の35%を占めるに至っている。高い教育水準を誇る大学群と研究所群の所在地として知られ、国内第2位の識字率を誇るが、発展途上国の巨大化する都市の常として、バンガロールも大気汚染、交通渋滞、犯罪、スラムなどの問題と格闘している。また、デリーに次いで在留邦人が多い為、2008年1月に出張駐在官事務所が開設された。
2005年12月11日、カルナータカ州政府は都市の名をカンナダ語での名称に合わせた「ベンガルール(Bengal?ru)」に改名する方針を示した。新しい名は2006年11月1日に発効したが、インド内務省からの許可が遅れているためいまだ正式に改名するには至っていない。

参照元:Wikipedia「バンガロール
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

-|バンガロールの地理 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。